私は以前、自分の限界を認めないことが「強さ」の定義だと思っていた。
いつも建設現場に一番乗りして、設計図を一番最後に仕上げるような人間だった。
「大丈夫」「やれる」——。
あの頃は、そんな言葉が自分を励ます呪文だと思っていた。
でも本当は、それらは自分を追い詰めるための武器だった。
警告を塗りつぶしていた頃
最初は小さな異変から始まった。
朝、ネクタイを結ぼうとすると指先が少し震える。
電車のホームに立っていると、ふと「今ここから飛び降りたら、どれだけ楽になるだろう」という考えが頭をよぎる。
それでも私はその警告を押しつぶした。
ただ疲れているだけだ、弱音を吐くわけにはいかない——そう言い聞かせていた。
「できる人間」であろうとすればするほど、自分の心のひび割れが見えなくなっていった。
私はそのひび割れに、過労という重いセメントを必死で流し込み、なんとか構造物を保とうとしていた。
衝突の1秒前
当時の私は、ブレーキの壊れた重機のような存在だった。
止まり方を知らないままアクセルを踏み続けることが正しい答えだと思い込んでいた。
傲慢で、孤立していて、危険なほど無知だった。
そしてある日、世界が激しく崩れ落ちた。
昨日まで「普通」だったことが、すべて不可能になった。
メールの一行すら読めなくなった。 電話の着信音が、脳に直接襲いかかる凶器のように感じられた。
布団から這い出すだけで、エベレストに登るような疲労感が襲ってきた。
私の脳は死んだ——そんな感覚だった。
診断名は適応障害だった。
私が勝手に「弱い人間だけがなる病気」だと思っていたものだ。
医師の言葉を聞いた瞬間、底なしの絶望が襲ってきた。
でも同時に、心の奥底で奇妙な安堵感が広がるのも感じた。
「ああ……もう無理をしなくていいんだ」。
沼の底から見上げて
私は社会のレールから転落し、無職という耳をつんざくような静寂の中に放り込まれた。
天井の木目を見つめる時間が、永遠のように感じられた。
かつての仲間も、キャリアも、自信も、遠い宇宙の幻のように思えた。
でも、不思議なことに——私はあの崩れる前の自分を嫌いになれなかった。
愚かしく、盲目で、必死に「誰かになろう」と戦っていたあの男を。
あの生々しい「熱」が、私の凍えた部屋に残った唯一の残り火だったからだ。
独白
世の中には「AIの専門家」がたくさんいる。
でも、自分の心が壊れる恐怖を味わい、社会のレールから落ちて、それでもAIを手に這い上がろうとしている人はどれくらいいるだろう。
私は「克服した」と思っているが、二度と起きないとは絶対に言えない。
今でも時々、あの泥の沼の匂いが漂ってくることがある。
それでも、底なしの底まで落ちたからこそ、他の人には見えない景色が見えるようになった。
もう、傷跡を無理に笑顔で隠すのはやめた。
その傷跡こそが、私が生き延びた究極の証だからだ。

コメント