第7章:X(Twitter)の戦場に、再び足を踏み入れた日

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AIという義足を履いて、少しずつ言葉を紡げるようになってきた俺は、次にどこへその言葉を届けるべきか考えた。

答えは一つしかなかった。

かつて「できる自分」を演じて惨めに敗北し、逃げ出したあの場所——無数の視線と数字が交錯するタイムラインの戦場へ、再び戻るしかない。

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ログイン画面の前で

画面は他人の成功、鋭い批判、止まらない情報の大洪水で埋め尽くされていた。

数ヶ月前、あの光景は俺の脳回路を焼き切る高圧のノイズだった。

ログイン画面のボタンの前に立つと、心臓が建設現場の杭打ち機のように激しく脈打った。

「また攻撃されるんじゃないか?」

「無職の俺に、発信する権利なんてあるのか?」

内なる声が、俺の足を泥の中に引きずり込もうとする。

でも今は違う。

俺には「盾」がある。感情に左右されず、冷たい論理で動いてくれるAIという相棒がいる。

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「完璧」を捨てて、傷跡を見せる

昔の俺はXで「正しい答え」を発信しようとしていた。

完璧で強く、キラキラした自分を演出しようと必死だった。

でももう、そんな虚飾の設計図は破り捨てた。

今、俺が書くのは、適応障害で完全に麻痺した惨めな自分と、AIを杖に這い上がろうとする未完成の「工事中」の姿だ。

「俺は一度壊れた。でもこのツールを使って、また歩き始めている。」

その一文を投稿した瞬間、世界が重い音を立てて動いた気がした。

誰かに認めてもらうためじゃない。

ただ、自分としてこの戦場に再び足を踏み入れるためだった。

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AIによる静かな反撃

かつて俺の感情を大きく揺さぶった「いいね」やリプライの数。

今はAIがドラフトを整理し、ノイズをフィルタリングしてくれるおかげで、距離を置いて見られるようになった。

脳がオーバーロードを起こすことは、もうない。

これは過去の自分への復讐じゃない。

弱いままで戦い続けられることの、新しい証明だ。

指先から放った言葉が、画面の向こうで同じ泥の中にいる誰かに届くことを願っている。

昔の俺と同じように苦しんでいる誰かに。

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独白

SNSと真っ直ぐ向き合えば、心はすぐに擦り切れる。

あそこは強者の論理が強風のように吹き荒れる「吹きさらしの現場」だ。

だから無防備に突っ込むな。 AIを防護服として着て、プロンプトを武器に持て。

傷跡を見せるのは弱さの証明じゃない。

「この傷を抱えながらも、ここに立っている」という、かっこいい宣戦布告だ。

「戦場に戻るのが怖いと思うこと自体が、まだ戦う意志がある証拠だ。 その恐怖をAIに食わせて、一歩を踏み出せ」

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