トーチが入らん。
ノズルの首が長すぎて母材の奥まで届かん。
そんな隙間に出くわした時に私が握ったのは手棒でした。
棒をぐいっと好みの角度に曲げて狭い懐へ差し込む。
半自動なら「無理や」と諦める場所で手棒はまだ溶かせる。
この一点だけで私は手棒という道具を今でも信頼しています。
手棒は半自動に劣る道具やない。トーチが入らん場所で溶かせる人間が現場で強い
私は自動車整備士から溶接工見習いに入り溶接工になった人間です。
今は現場を管理する側に回りましたが工場の製缶でも屋外の現場でも手棒を握ってきました。
世間では「手棒は古い」「半自動のほうが速いし綺麗」と言われがちですよね。
速さと見た目だけならその通りです。
でも現場の勝負どころは平らで綺麗な場所ばかりやない。
むしろトーチが届かん・機材が持ち込めん・環境が最悪なところで誰かが溶かさなあかん。
そこで手が止まらんのが手棒使いです。
半自動が諦める場所でまだ溶かせる。これが手棒の一番の強さです。
手棒と半自動の本当の違い
違いは「性能の優劣」やなくて「得意な戦場が別」というだけの話です。
ここを勘違いすると道具選びを間違えます。
コードを引っ張るだけの身軽さ
半自動はワイヤーもガスボンベも送給装置も一式を現場まで運ばなあかん。
足場の上や狭い配管の裏に、その荷物を持って上がる大変さは経験者ならわかりますよね。
手棒はホルダーとコードだけ。
コードを引っ張っていくだけで溶接に入れる身軽さは現場では武器そのものです。
高い足場でも狭い穴でも、身一つで潜り込んで溶かして戻ってこられる。
このフットワークが半自動には出せません。
トーチが入らん狭所に棒を曲げて突っ込める
半自動のトーチはノズルの形が決まっています。
最近はノズルの工夫で狭所対応も進んできましたが、それでも入らん角度は必ず残る。
手棒は棒そのものを曲げられる。
入らん隙間なら棒に角度をつけて奥へ突っ込む。
この自由度は別格やと私は思っています。
道具が形を変えてくれる安心感は現場で何度も私を助けてくれました。
濡れても風があっても溶ける
屋外は天気を選べません。
小雨の残る母材でも風の抜ける足場でも仕事は待ってくれない。
私の実感では手棒は濡れていても風があっても漏れずに溶けてくれました。
半自動はシールドガスが風に流されると溶接部に穴があく。
この風に弱いという泣きどころは半自動を使う人間なら誰でも一度は泣かされます。
その中身はこちらに詳しくまとめてあります。
半自動には半自動の弱点がある。ブローホール地獄の話はこっちにまとめた

手棒だからできる荒業(凄みの話であって手順の話やない)
ここからは手棒の「凄み」の話です。
先に釘を刺しておきます。真似できるやり方は書きません。書けません。
電圧を上げて肉を溶かす(ガウジング代わり)
手棒は電気の入れ方ひとつで顔つきが変わる道具です。
条件を振れば深く食い込ませて母材の肉そのものを溶かすような荒い使い方まで一応きく。
昔の現場ではガウジングの機材がない場面でこれに近い荒業を見たこともあります。
手棒はここまで振り幅のある道具なんやという凄みだけ受け取ってください。
念のためもう一度言います。
何をどう振ればそうなるかという再現できる中身はここには一切書きません。
むちゃがきく道具ほど自己流は事故を呼ぶ
むちゃがきくというのは裏を返せば「壊れ方も派手」ということです。
自己流の荒業は火傷・感電・火災、そして目を焼く光を呼びます。
手棒はとにかく目を焼く。
軽く見て裸眼でチラ見した翌晩に涙が止まらんようになる、あれは本当に地獄です。
その対策は別記事に全部書きました。
凄い道具ほど自己流でなく正式な手順と保護具に着地させるのが命を守る唯一の道です。
手棒はとにかく目を焼く。アーク目の対策はここで全部書いた

溶接棒には系統がある
手棒使いの腕は「棒を選ぶ目」に半分出ます。
同じ手棒でも中身の系統が違えば向いている仕事がまるで変わるからです。
LB-52・B-17・308・309…棒で仕事が変わる
被覆アーク溶接棒には被覆剤による系統分けがあります。
低水素系・イルミナイト系・ライムチタニヤ系などと呼ばれる分類です。
私が実際に握ってきた棒でいうと、LB-52は低水素系の代表格で軟鋼から490MPa級鋼あたりの重要な構造に使われる棒です。
B-17はイルミナイト系で造船や建築の一般構造で長く信頼されてきた棒。
308と309はここから毛色が変わってステンレス側の棒になります。
308はSUS304のような一般的なステンレス鋼の溶接に、そして309は鉄とステンレスという異なる母材を繋ぐための棒です。
系統ごとに乾燥の要否も溶け方も別物です。
正確な規格や電流はうろ覚えで語るところやないので詳細はメーカーカタログや溶接施工要領で必ず確認してください。
309で鉄とステンレスを繋ぐ時の話
なぜ鉄とステンレスを繋ぐのに309なのか。
鉄が溶け込んでステンレス側の成分が薄まる「希釈」を見越して、あえて成分を多めに持たせた棒だからです。
ここを軽く見ると割れやサビの原因になります。
棒を正しく選んでも異材の組み合わせには別の落とし穴が待っている。
鉄とステンレスを繋ぐ時の落とし穴はこっちに書いた

手棒が使えるという意味と、正しい入口
手棒は速さや見た目で半自動に負ける場面があります。
でもトーチが入らん・機材が運べん・天気が最悪という現場の本当のピンチで手を止めない。
半自動が万能包丁なら手棒は使い込んだ肥後守や。
どんな場所へも一本で潜り込んで仕事を仕上げてくる道具です。
ただしその一本を仕事で握るには正しい入口が要ります。
腕や度胸の前にまず必要なのが教育です。
仕事でアーク溶接をやるならアーク溶接等特別教育を受けるのが決まりです。
凄い荒業から入るのやなくてこの正式な入口から入るのが、自分と周りを守る唯一の順番やと思っています。
手棒を仕事で握るなら特別教育が要る。中身はここで解説した

道具に優劣をつける必要なんてありません。
半自動は半自動の戦場で輝き手棒は手棒にしか入れん奥座敷で輝く。
その奥座敷へ潜り込める人間が現場では静かに一番強い。
本日もご安全に!

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