「これ何系の棒や?」
発注をかける側に回った日私はその一言に答えられませんでした。
職人やった頃の私は棒を自分で選んだことがなかったんです。
渡された棒を握って言われた場所を溶かす。それが仕事でした。
でも指示する側に回った瞬間その”何系か”が全部のっかってくる。
今日はその話をさせてください。
溶接棒には系統がある。握るだけの頃は選ばんでよくても発注する側に回ると棒選びが全てになる
先に言い切ります。
溶接棒はフラックス(被覆剤)の種類でいくつかの系統に分かれます。
握るだけなら系統を知らんでも溶接はできます。
私自身それで何年も現場をこなしてきました。
でも棒を発注し「これで溶かせ」と指示する側になると話が別です。
母材と用途に棒を合わせられるかどうかが仕事の品質そのものになる。
握れることと選べることは別の技術なんやと私は後から知りました。
言われるがまま使ってた私が調べ始めた理由
職人時代を下に見る気は一切ありません。
言われた棒で綺麗なビードを引くのは立派な腕です。
ただ選ぶ側は「なぜその棒なのか」を説明できなあかん。
そこで私はやっと系統というものを一から調べ始めました。
そもそも手棒(被覆アーク溶接)が半自動と何が違うかは別記事にまとめてあります。
そもそも手棒が半自動と何が違うかはこっちにまとめた

溶接棒の系統をざっくりつかむ
軟鋼用の被覆アーク溶接棒は大きく四つの系統に分かれます。
イルミナイト系・ライムチタニヤ系・高酸化チタン系・低水素系の四つです。
同じ”鉄の棒”でも系統でアークの強さも溶け込みも別物になる。
ここを知るだけで棒選びの霧がだいぶ晴れました。
低水素系はどこで使うか
低水素系は溶接金属に入る水素をぐっと抑えた棒です。
だから強度が要る所や厚板や割れやすい拘束の大きい継手で主役になります。
重要な強度部位を任せるならまず低水素系という考え方が基本になります。
私が握ってきたLB-52もこの低水素系にあたる代表的な棒です。
ただし扱いには少し訓練が要る系統でもあります。
扱いやすい系統・薄板向きの系統
一方で扱いやすさで選ばれる系統もあります。
ライムチタニヤ系はアークが安定してビードも綺麗で汎用的に使いやすい。
高酸化チタン系はさらにスパッタが少なく光沢のあるビードが出ます。
ただし高酸化チタン系は機械的性質が劣るので薄板や化粧盛りに向き強度が要る主要部には使いません。
「綺麗に溶ける=どこでも使える」やない。
ここを取り違えると見た目は良くても強度が足りん溶接になります。
系統で溶接棒の性格が変わる
イルミナイト系は日本で開発された系統でアークが強く溶け込みが深い。
全姿勢で作業性が良く構造物や技量試験でよく使われてきました。
私の記憶にあるB-17もこのイルミナイト系にあたります。
系統が変われば得意な仕事も変わる。
棒は母材と用途に合わせて選ぶものやと腹落ちしました。
なお具体的な規格や型番は銘柄とメーカーで細かく違います。
正確な適合は必ずメーカーカタログや溶接施工要領で確認してください。
現場で棒を取り違えんための知恵
系統以上に私がヒヤッとしたのがステンレス側の棒でした。
鉄用とは別の軸でステンレス用の棒があるんです。
308と309は取り違えそうになる
308はSUS304のような一般的なステンレス鋼の溶接に使う棒です。
対して309は鉄とステンレスという異なる母材を繋ぐ異材継手のための棒です。
この二本が見た目では近くて私は何度も取り違えそうになりました。
用途は全然違うのに箱から出すと素人目には似て見えるんです。
なぜ異材に309なのかという理屈や落とし穴は別記事に書きました。
鉄とステンレスを繋ぐ時の落とし穴はこっちに書いた

私は色で管理していた
そこで私の現場でやっていたのが色での管理です。
棒端や被覆の色を手がかりに「これはステンレス」「これは異材」と見分けていました。
先に断っておきます。
色の意味は銘柄やメーカーで違うので世界共通のルールやありません。
あくまで私の現場での取り違え防止の工夫という話です。
外箱から出した棒は銘柄が消えて混ざりやすい。
だからこそ現場ごとの見分けの決めごとが要るんです。
溶接棒は湿気に弱い
棒を選べても保管でしくじると全部台無しになります。
これも発注側に回って初めて重く受け止めた話です。
濡らすとフラックスがボロボロ・ポロポロ割れて母材に引っ付く
被覆材は湿気を吸います。
乾燥させんかったり雨に濡らしたりするとフラックスが荒れてしまう。
そうなると溶接しにくくなりビードがポロポロ割れて母材に引っ付く。
湿気を吸った棒は見た目が同じでも中身が欠陥の種になっています。
こうして生まれる溶接欠陥の怖さは別記事で詳しく触れています。
溶接欠陥のブローホール地獄についてはこっちで詳しく書いた。

乾燥管理はメーカー指定に従え
特に低水素系は湿気に弱く乾燥管理が欠かせません。
ただし何度で何時間という数値はここでは書きません。
棒ごと銘柄ごとにメーカーが正しい条件を決めているからです。
自己流の乾燥は品質も安全も崩します。
乾燥や再乾燥は必ずメーカー指定と施工要領に従ってください。
棒を選べるという意味と、正式な入口
握るだけやった私が棒を選ぶ側になって世界の見え方が変わりました。
系統・用途・保管まで含めて棒を語れて初めて「発注する側」になれる。
溶接棒は料理でいう出汁みたいなものやと思います。
見えん所で味の芯を決めるのに素人ほど水と同じに見てしまう。
その出汁の違いが分かるようになるのが選ぶ側の第一歩です。
そしてその一歩の前にもっと大事な入口があります。
仕事でアーク溶接をやるならアーク溶接等特別教育が要ります。
棒を選ぶ知識より先にこの正式な入口をくぐるのが自分と周りを守る順番です。
手棒を仕事で握るなら特別教育が要る。中身はここで解説した

言われるがまま握っていた頃の私に一つだけ言えるなら「その棒には名前と理由がある」と伝えたい。
名前を知れば棒はただの消耗品から相棒に変わります。
本日もご安全に!

コメント