「24時間戦えますか」
この年、ある栄養ドリンクのCMコピーが流行語大賞に選ばれましたが、当時の私にとっては単なる「日常の前提」でした。
見返りの保証もないまま、自分の時間という資産を際限なく投入する。
そんな異常な投資が「美徳」として称賛されていたのが、1989年2月という時代の空気感です。
日経平均株価が史上最高値圏へと突き進む狂乱の中、若き日の私が見た「時代の是正勧告」をハックします。
大喪の礼と「不謹慎」の波に消えた静寂
2月24日、新宿御苑で昭和天皇の「大喪の礼」が執り行われました。
日本中が深い静寂に包まれ、多くの企業が休業を選択する中で、私がいた場所だけは別の論理で時計が動いていました。
自粛ムードという名の同調圧力
世間が「不謹慎」という言葉に敏感になり、テレビ放送すら自粛されていたあの時期。
娯楽が消えた世界で、私に残されたのは、冷え切った食事と終わりの見えないタスクだけでした。
「みんなが耐えているんだから」
という同調圧力によって、個人の休息が正当に評価されない。
今ならAIが最適なリソース配分を提示し、持続不可能な働き方にアラートを出してくれるでしょう。
しかし当時は、個を消して全体に尽くすことこそが、唯一の正解だと信じ込まされていました。
音楽と映画が描いた「刹那的な輝き」
この月、Winkの『愛が止まらない 〜Turn it into love〜』がチャートを席巻し、映画界では『ダイ・ハード』が空前のヒットを記録していました。
無機質なダンスと過剰なアクション
Winkの無表情で淡々と踊るスタイルは、熱狂するバブルへの一種のカウンターのように見えました。
一方で、摩天楼で孤軍奮闘するブルース・ウィリスの姿に、当時の戦うビジネスマンたちは自分を重ねていたのかもしれません。
私自身、ヘッドフォンから流れるユーロビートを遮断するように、深夜のデスクで孤独な作業を続けていました。
消費される文化と、消費される労働力。 その境界線が曖昧だったあの日々も、今では遠いデータの蓄積に過ぎません。
「24時間戦えますか」という集団催眠の正体
2月、リゲインのCMが放送を開始し、日本中に「猛烈」の波が押し寄せました。
ビジネスの世界では称賛されたこの言葉も、今振り返れば、一種の集団催眠に近いものがありました。
労働投下という名の「手抜き工事」
連日の徹夜。意識が朦朧とする中でこなす業務。
「疲れた」と言うことすら許されない空気が、日本を支配していました。
この過剰なまでの労働投下こそが、バブルという巨大な幻想を維持するための燃料だったのでしょう。
今の私はAIを使い、最小の労力で最大の結果を出す「エクサー」として生きています。
24時間戦うのではなく、24時間「仕組み」を戦わせ、自分はクリエイティブな思考にリソースを割く。 あの頃の自分に、本当の効率化と自立の概念を伝えてやりたいと切実に感じます。
ソ連のアフガン撤退と、崩れゆく既得権益
2月15日、ソ連軍のアフガニスタン撤退が完了しました。
一つの巨大な構造が崩れ去る歴史的瞬間でしたが、当時の私は目の前の小さな世界を維持することに必死でした。
権威にすがる時代の終わり
「組織の言うことは絶対」
「上司の背中を見て盗め」
そんな既得権益の上に胡坐をかいていた古い価値観が、少しずつ、賞味期限を迎えていく兆しがここから始まりました。
暗号資産市場がかつての栄光にすがるように、当時の社会もまた、過去の成功体験という呪縛に囚われていました。
しかし、本質を見抜けない者は、時代の変化に置き去りにされます。
私は、常に現状をパトロールし、自分自身の価値観をアップデートし続ける道を選びました。
読んでみてどう感じただろうか。
狂乱のバブル期、誰もが「もっと、もっと」と上を目指していた影で、私たちは大切な何かを摩耗させていました。
しかし、その摩耗を知っているからこそ、私は今、AIという強力なツールを手にして、自分の人生を自分の手に取り戻しています。
現在進行形でAIを使い倒し、過去の自分を救い出す。
そんな私の活動も、引き続き見届けてほしい。
未来は、誰かに与えられるものではなく、自らの手でハックするものだ。🔥

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