「韓国の大統領は、辞めた後に必ず不幸になる」 そんなジンクスが、またしても最悪の形で現実になってしまいました。
2026年1月13日、韓国のソウル中央地裁で開かれた裁判で、検察側は尹錫悦(ユン・ソクヨル)前大統領に対し「死刑」を求刑しました。 罪状は「内乱首謀罪」。 つまり、国を転覆させようとした反逆のリーダーとして裁かれたのです。
大統領経験者に死刑が求刑されるのは、あの全斗煥(チョン・ドゥファン)元大統領以来、実に約46年ぶりのこと。 日本では考えられないようなこのニュース。一体何をしでかして、ここまでの事態になったのか? 2024年の「あの騒動」を振り返りながら、わかりやすく解説します。
2026年1月13日、歴史的求刑。尹錫悦前大統領はなぜ「死刑」と言われたのか
まず、今回の裁判のポイントを整理しましょう。
検察(特別検察チーム)は、尹前大統領の行為を「民主主義の根幹を揺るがす重大な憲法破壊」と断罪しました。 「死刑」という最も重い刑を求めた背景には、彼が犯した罪が単なる汚職やパワハラではなく、国のあり方そのものを壊そうとした「内乱(ないらん)」にあたると判断されたからです。
内乱首謀罪とは:死刑か無期懲役しかない
今回適用された「内乱首謀罪(刑法第87条)」は、日本の感覚で言えば「国家反逆罪」に近い超・重罪です。 法律上、この罪のリーダー(首魁)に対する罰は「死刑」または「無期懲役」のみ。 「ちょっと反省してるから懲役10年で」といった減刑の余地がほとんどない、極めて厳しい罪なのです。
ことの発端は2024年の「あの夜」。クーデター未遂の全貌

時計の針を少し戻しましょう。すべては2024年12月3日の夜に始まりました。
突然の「非常戒厳令」宣言
当時、現職の大統領だった尹氏は、突然テレビで「非常戒厳令」を宣言しました。 理由は「野党が国政を妨害しているから」。 しかし、戦争が起きたわけでもないのに、軍隊や警察を動員して国会を封鎖し、メディアを統制しようとしたのです。
失敗と弾劾、そして逮捕へ
これは事実上の「セルフ・クーデター」でした。 しかし、韓国の国会は即座に反応し、宣言から数時間後には「戒厳令の解除」を決議。軍もこれに従い、尹氏の計画はあっけなく失敗に終わりました。
その後は坂道を転げ落ちるようでした。 2025年3月には憲法裁判所で罷免(クビ)が確定し、逮捕。そして今回の裁判に至ったのです。 尹氏側は「国会を無力化するつもりはなかった」と無罪を主張していますが、検察は「軍を動かした時点で内乱だ」と一歩も譲りませんでした。
「死刑求刑」は30年ぶり。全斗煥以来の重い審判
韓国政治に詳しい方なら、「あれ? 昔もそんなことなかった?」と思うかもしれません。
歴史は繰り返す:全斗煥との共通点
その通りです。大統領経験者への死刑求刑は、1980年の「光州事件」などで内乱罪に問われた全斗煥(チョン・ドゥファン)元大統領以来、2人目となります。 全斗煥氏も当時は死刑判決を受けましたが、後に無期懲役に減刑され、最終的には恩赦で釈放されました。
韓国では、権力者が任期を終えた後(あるいは途中で)、厳しい捜査の手が入るのが「伝統」のようになっています。朴槿恵(パク・クネ)氏や李明博(イ・ミョンバク)氏も収監されましたが、今回の「死刑求刑」はそれらとは次元が違う重さです。
実際の刑はどうなる?執行の可能性は低い
では、本当に死刑になるのでしょうか? 現実的には、その可能性は低いと見られています。韓国は1997年以降、死刑を執行していない「事実上の死刑廃止国」だからです。 判決は2月中に出る予定ですが、無期懲役や、将来的な恩赦(特赦)での決着が予想されています。
まとめ:権力者の暴走は許さない。隣国の厳しい「けじめ」

今回のニュースは、韓国という国が「民主主義を守るためには、元大統領だろうと容赦しない」という強烈な意志を持っていることを示しています。
日本では「死刑求刑」と聞くと恐ろしいですが、これは「国を私物化してはいけない」という、政治家への最大級の警告なのかもしれません。 判決が出る2月まで、隣国の動向から目が離せません。

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