適応障害で無職になった。毎日天井のシミを数えていた話。

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退職した翌日、目が覚めた。

「今日から会社に行かなくていい」

その事実がしばらく現実感がなかった。 布団の中で天井を見た。 静かだった。 誰にも怒鳴られない。 夜中に電話もかかってこない。

少し息ができた気がした。

でもその感覚は、長く続かなかった。

目次
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最初の1週間

退職してすぐは、少し楽だった。

あの個室に呼ばれることもない。 資料を投げつけられることもない。 夜中の電話もない。

「やっと休める」と思った。

でも昼になっても何もしていない。 夕方になっても何もしていない。 夜になって「今日も何もできなかった」と気づく。

「何もしない」という罪悪感が積み上がっていった。

現場にいた頃は朝から晩まで動き続けていた。 何かをしていないと「サボっている」という感覚になる。 でも体は動かなかった。 動こうとすると、頭が重くなった。

医者に「休んでいい」と言われた。 でも休めなかった。

「休む」ということが、私にはわからなかった。

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天井のシミを数え始めた

3日が経った。

朝起きる。 布団の中で天井を見る。 シミが見えた。

最初は無意識だった。 天井を見ていたら、自然と数えていた。 1個、2個、3個。 全部数えたら最初からまた数えた。

「何をやっているんだ」と思った。 でも他にやることが思いつかなかった。

スマホを開こうとした。 でも何を見ればいいかわからなかった。 ニュースを見ても頭に入らない。 SNSを開いたら「自分だけ止まっている」という感覚になって閉じた。 本を開いても文字が追えなかった。

結局、天井のシミを数えた。

これが毎日の「作業」になった。

朝起きてシミを数える。 昼になってまたシミを数える。 夜また数える。 気づいたら1日が終わっている。 次の日も同じ。 それが何週間も続いた。

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「怠慢だ」と思っていた

天井のシミを数えている自分を、最初は「怠慢だ」と思っていた。

現場では誰よりも動いていた。 工程が詰まれば対処した。 問題が起きれば解決した。 職人に指示して、段取りして、走り回っていた。

その人間が、天井のシミを数えることしかできない。

「気合が足りない」と思った。 「もう少し頑張れば動ける」と思った。 でも動けなかった。 動こうとするたびに、胸が重くなった。

後から医者に言われた言葉がある。

「脳も筋肉と同じです。使いすぎれば肉離れを起こします。今は脳の肉離れです。無理に動かすとさらに悪化します」

その言葉を聞いて、少し楽になった。

怠慢じゃなかった。 壊れていたんだ。

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1日の「作業」がシミを数えることだった

天井のシミは、全部で23個あった。

最初の頃は「何個あるんだろう」と思って数え始めた。 23個と確認してから、また1から数えた。 それを何回も繰り返した。

おかしいとわかっていた。 でも止められなかった。

脳がエネルギーを使い果たしていたんだと思う。 考えることができなかった。 計画を立てることができなかった。 「今日何をするか」を決めることすらできなかった。

でも「シミを数える」という単純作業なら、できた。

シミを数えている間は、何も考えなくてよかった。 パワハラのことも、無職のことも、お金のことも。 ただシミだけを見ていればよかった。

それが当時の私にとっての「生き延び方」だったのかもしれない。

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適応障害の無職期間にやっていたこと

天井のシミを数える以外に、やっていたことがあった。

寝ること。

1日に何時間でも眠れた。 夜眠れなかったくせに、昼間は何時間でも眠れた。 起きてシミを数えて、また眠る。 それだけの日もあった。

食べること。

食欲はなかった。 でも妻が作ってくれたものを食べた。 「食べなきゃいけない」という義務感だけで食べた。 味はよくわからなかった。

テレビを見ること。

内容は頭に入らなかった。 でも音があると、少し安心した。 無音だと「静かすぎて怖い」という感覚があった。 何かが流れていることで、時間が経つのがわかった。

これが適応障害の無職期間の1日だった。

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「もう終わりかもしれない」と思った夜

ある夜、通帳を見た。

毎月の固定費を計算した。 家賃、光熱費、食費、子供にかかるお金。 収入はゼロ。 貯金が削られていく計算をした。

「あと何ヶ月持つか」を数えた。

その夜、「俺の人生はもう終わりかもしれない」と思った。

溶接工から社長まで這い上がってきた。 17年かけて積み上げてきた。 それが2ヶ月で全部崩れた。 今は天井のシミを数えている。

何のために頑張ってきたんだろうと思った。

でも翌朝、子供が「おとうさん、おはよう」と来た。

それだけで、また1日が始まった。

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適応障害の無職期間を過ごしている人へ

何もできない日が続いているかもしれない。

天井を見ているだけの日があるかもしれない。 「怠慢だ」と自分を責めているかもしれない。

伝えたいことは一つだ。

それは怠慢じゃない。

脳が壊れているんだ。骨折した足で走れないのと同じだ。動けないのは意志の問題じゃない。

私はそこから動き出した。 今はポッドキャストを配信して、ブログを書いて、前に進んでいる。

次の記事では「適応障害で外に出られなくなった話」を書く。 コンビニに行けなくなった日々の記録だ。

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そしてこのブログの裏側、ポッドキャストを作った記録はnoteに書いてる。

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壊れたことは、終わりじゃなかった。 私がその証拠だ。

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