適応障害で「消えたい」と思った。死にたいとは違う、あの感覚の話

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毎朝、仕事に向かう車の中で思っていた。

「消えたい」

死にたい、ではない。ただ、存在ごとなくなってしまいたい。誰にも迷惑をかけず、静かに、どこかに消えてしまいたい。あの感覚を、うまく言葉にできる人がどれだけいるだろう。

プラント施工管理として現場を走り回っていた頃、仕事が趣味だった男がそう思うようになるまで、そう時間はかからなかった。

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「消えたい」は「死にたい」とは違う

この二つは、似ているようで全然違う。

「死にたい」は能動的だ。何かをしようとする意志がある。でも「消えたい」は違う。ただ、今ここにいる自分がなくなってほしい。誰かを傷つけたいわけでも、何かを終わらせたいわけでもない。

ただ、しんどい。存在していることが、しんどい。

毎朝、現場に向かう車のハンドルを握りながら思っていた。このまま道が続かなければいい。どこか遠くに消えてしまえればいい。でも現実には、現場に着いて、ヘルメットをかぶって、何事もなかったように仕事をこなしていた。

その落差が、また自分を削っていった。

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父親の死が頭をよぎった

私が高校1年の6月、父親が自殺で亡くなった。

「消えたい」という感覚が大きくなってくると、ふと思うことがあった。父親も、こんな気持ちだったのだろうか。あの日、父親の頭の中にあったのは、私が今感じているこれと同じものだったのだろうか。

その考えが浮かぶたびに、余計に怖くなった。

自分が父親と同じ道を辿っているんじゃないか。血がそうさせているんじゃないか。そんな根拠のない恐怖が、夜になると大きくなった。「消えたい」という感覚と、父親の死のイメージが、頭の中でぐるぐると混ざり合っていた。

誰にも言えなかった。言葉にしたら、本当のことになってしまう気がした。

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誰にも言えなかった

妻にも、友人にも、誰にも言えなかった。

「消えたい」なんて言ったら、大げさだと思われるか、逆に深刻に受け取られすぎるか。どっちに転んでも困ると思っていた。父親のことを持ち出したら、もっと混乱させてしまう。

だから黙って車を走らせて、黙って現場に立って、黙って家に帰った。その繰り返しだった。

あの頃の私は、「助けを求める」という選択肢自体が、頭の中に存在していなかった。弱音を吐くことは、負けることだと思い込んでいたから。

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診断書が、出口になった

「消えたい」という感覚から抜け出せたきっかけは、適応障害の診断をもらって会社を辞められたときだった。

診断書をもらった瞬間、泣いた。

安堵で泣いた。「やっぱり私はおかしくなかった」という確認で泣いた。あの毎朝の「消えたい」は、気のせいでも甘えでもなかった。病気だった。それが証明された気がして、力が抜けた。

会社を辞めた日、「消えたい」という感覚が少し薄れた。完全にではない。でも、あの重さが少しだけ軽くなった。

逃げたのかもしれない。でも今は思う。あれは逃げじゃなくて、撤退だった。戦えない場所から退いて、立て直すための撤退。

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「消えたい」と思ったことがある人へ

これを読んでいる人の中に、今同じ感覚を抱えている人がいるかもしれない。

一つだけ言わせてくれ。

それは弱さじゃない。限界まで頑張った証拠だ。「消えたい」と思うくらい追い詰められているなら、今すぐその場所から距離を置く方法を考えてほしい。診断書一枚が、出口になることがある。私がそうだったから。

もし今、誰かに話したいと思ったら、よりそいホットライン(0120-279-338、24時間)に電話してほしい。私が言えなかった言葉を、そこで言っていい。

OS再起動は、あの診断書から始まった。次の記事では、診断書1枚で現場を去った日の話を書く。

同じ感覚を抱えたことがある人は、noteマガジン「適応障害という名の、OS再起動」も読んでほしい。

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